Death Cab For Cutie : Photo Album
ARTIST / Death Cab For Cutie
TITLE / Photo Album
LABEL / Barsuk
DATE / 2001
TITLE / Photo Album
LABEL / Barsuk
DATE / 2001
10代なりたてのころから、少しずつ日本の音楽のインディーな動きとその政治構図を学んでいった。そして10代の終わりに、ようやくメディアからも遊離し、自ら開拓し、最先端の音楽の勢力図を描きあげることを目指すようになった。その頃の自分は、どこに出かける時にも、古今東西を網羅した思想書100選と、古典文学100選と、映画100選のメモを持ち歩いた。紙切れに書いたリストを電車の待ち時間などに眺めた。ランボーの詩を持ちながら、街を闊歩した。あらゆる試験から開放され、確固たる私見を持つために。そしてそのメモにはもう一つ、自分がリストアップした今聞くべき音楽100選も加えていた。そのリストに入っていた盤、Death Cab For Cutieの"Photo Album"。恐らく大学時代に、Death Cabを聞くというのは、最もうってつけの時期だろうと思う。いわゆるエモな叙情も含んだ、泣きメロというやつだ。90年代以降の消費資本主義に生きる都市部に生きる若者には共通する叙情があることを知り、グローバリゼーションということがどういうことか身をもって知ることになった。白眉はなんといっても、M2"A Movie Script Ending"。You Tubeもまだ世の中に無かった頃、MP3でネットに転がってたものをすり切れるほど聞いた記憶が有る。完全に、自分のそれまでの文法からは弾き出せない文法だった。結局、それはThe Beatlesという宗教からの離反に他ならなかった。10代に必要なのは、何かを心の底から信じて、信じることを超えて、それを否定することだ。今の世の中、相対主義になるということは、逆に思慮浅きことだ。相対主義は結果的に至る場所であり、予め目指す場所ではない。ゴールが有るはずだと信じて、歩み出すこと。奇跡を信じて、叫ぶこと。そうした試みを嘲笑する人間は、どこにも行けない。どこにでも行けるさ、けれど君は、どこにも行けない。シニシズムのレストランに居るかぎり、Gee Bop Do be Doなのだ。当該曲の、Passing through unconscious states. When i awoke i was on the highwayという歌詞の美しさに気付いたら、10代は終わっていた。路頭に迷い酩酊しながら、まだそれそのものに酔う時間が許される、蜂蜜のような時代のBGM。
